報恩・感謝の心を −孫へのメッセージ−
                                              濱里 正治
 ○○ちゃん
 二歳半を過ぎようとしているあなたの天衣無縫な姿を見ていると、いつの間にあなた
のお母さんの、幼いころの無邪気な姿と重なり合って、区別がつかなくなってしまいます。
 「この子もいつかは花嫁になり、母親になっていく」そんな思いが、頭から離れないの
です。
 あなたのお母さんをお嫁にやるとき、私は、「あのことも話しとおけばよかった」「こ
のことも教えておくのだった」と、悔いの気持が、いつまでも離れなかったのを覚えて
います。
 いつか、成人したあなたに、その時の悔いの思いの一部でも伝えることができたらとい
う気持が強いけれども、今の私には、それは、ほとんど不可能なことです。
 手術後、五年間の生存率がわずか35%というこの病気では、どんなに長くても、あと四
年余りの命しかないからです。
 今日は、何年後になるか分らないけれど、いつか、人生の意味が、理解出来る年ごろ
になった時読んでほしいという気持ちで 、幼いあなたの遠い未来へのメッセージをしたた
めることにしました。その時は、黄泉の国のおじさんからの便りだと思って読んでくだ
さい。
 今私は、「残された命を、どう充実させて生きるか」ということを一生懸命に考えなが
ら毎日を過ごしています。
 私がこうして、余生を長らえているのは、数えきれぬほどの善意の人々の献身的な努力
があったからだと思ってます。
 最初に、病気の原因であった悪性腫瘍を発見してくださったお医者様。手術によって一
命をとりとめてくださった先生方。二週間近くも、夜を徹してくださった集中
治療室の看護婦さんたち。そして家族や友人や、たくさんの知人の方々の暖かい愛情に
支えられて、助からぬ命を永らえることができたのです。
 私は、これから神のお召しのある日まで、これらの人々から受けた恩を忘れず、感謝の
余生を送りたいと思っています。
 人は皆、多かれ少なかれ、たくさんの人々の恩恵を受けて生活しています。私たちは、
それらの人々の有形無形の恩に対して、常に感謝の気持を忘れてはなりません。
 あなも大きくなったら、人に感謝する気持ちを持てる心優しい人間になってほしいと
思います。そして同時に、その気持を自分でできる範囲で、「行いにあらわす」ことの
できる人間になってほしいのです。少しむずかしいですが、「報恩感謝」という言葉はそ
ういう気持ちと行動を表した言葉なのです。
 私は、今度の手術で命が助かるまでは、あまり「報恩感謝」ということを強く意識した
ことはありませんでした。
 しかし、よく考えてみると、病気で退職するまでは、「教育」という仕事に、自分の持
っている力のすべてを打ち込んできました。このことは、自分の生涯の中で、ただ一つ自
慢できることですが、それは、私の祖先が多くの人から受けた恩に、無意識のうちに報い
ようとする行いでなかったかという気持がしています。
 そして、ようこそ今まで、教育一筋にがんばってきたと、誇らしい気持ちになっているの
です。
 残されたこれからの短い生涯は、今度は自分が受けた恩に報いる番だと、思ってます。
 今私は、私の後輩たちの人生相談にこたえるためにせいいっぱいの努力をしています。
それは、家庭や子供の問題の相談であったり、先生として身につけるべき勉強の手伝いで
あったり、心の悩みの相談であったりと、いろいろですが、そのような悩みや苦しみを共
に分かち合いながら、少しでも若い人たちの役に立つように努力しているのです。
 人間は、今、自分がしていることが、何か人の役に立っているのだと思うと、不思議に
心が温かく豊になっていくものです。
 あなたのお父さんも、病気の治療や予防のために、たくさんの人を相手に毎日仕事に励
んでいます。お母さんも、あなたがたを一生けんめいに育てながら地域の人々のためにボ
ランティア活動にいそしんでいます。
 あなたのまわりの人はみんな、自分の仕事や行いを通じて、人の役に立つためのささや
かな努力を続けているのです。
 いずれ学校に進み、社会人として成長していくあなたは、これからたくさんのことを学
び、それを身につけていかなければなりません。しかし、人間として生きていくうえで、
一番の基本となるものは、感謝と報恩の心だと思います。
 あなたが、将来、その心を忘れず、人の悩みや苦しみを共に分かち合い、どんなにささ
やかでもいい、その人々の役に立てる人間に育ってくれることを心から願ってやみません。
 健康に気をつけながら心豊に人生を送ってくれることを、神に祈っております。
                                       あなたのおじいさんより。
          かけはし −希望のメッセージ-  (1989年5月31日 鹿児島城西ロータリークラブ) より転載
甲突川希望のメッセージ