第15回三方限古典塾(08.1.17)
  佐藤 一斉(1772〜1859)  「言志四録 (その8)」
1 好みて大言を為す者有り。其の人必ず少量なり。好みて壮語を為す者あり。其の人必ず怯懦(きょうだ) なり。
  唯(た) だ言語の大ならず壮ならず、中に含蓄(がんちく) 有る者、多くは 是れ識量弘恢(こうかい) の人物なり。
                                                           言志後録68
    (大意)世の中には好んで大げさに言う人がいますが、それは必ず度量が小さい人です。また
    好んで強がりを言うのは憶病者です。大言壮語でなく言葉の中に深い意味を含ませている人
    は、見識・度量が高く大きい人です。
     (参考)大弁は訥の若し(老子) 剛毅木訥仁に近し(論語)  現今は、大言壮語や軽躁の
     自己主張が強すぎて、大人の思慮分別や見識が足りない風潮が蔓延しています。阿川弘之さ
     んの「大人の見識」が今読まれているのも、そこに起因するのかも知れません。
2 人の世を(渉(わた) るは行旅の如く然り。途(と) に険夷(けんい) 有り。日に晴雨有りて、畢竟(ひっきょう) 避くるを得ず。
  只(た)だ宜しく処に随(したが) い時に随い相(あい) 緩急すべし。速(すみやか) ならんことを欲して以て災(わざわい) を
  取ること勿(なか) れ。猶予して以て期に後(おく) るること勿れ。是れ旅に処するの道にして即ち世を渉るの道なり。
                                                             言志後録70
     (大意)人生は旅と同じです。坂道や平坦があり、晴れの日も雨の日もあり、それを避けるこ
    とはできません。所や時によって柔軟に判断すべきです。急ぎ過ぎて災いを招いたり、ゆっ
    くり過ぎて遅れてはなりません。よい旅の心得は、そのままよい人生の心得です。
     (参考)「月日は百代の過客にして、行かふ年も又旅人なり」(松尾芭蕉・奥の細道)
3 政(まつりごと) を為すに須(すべか) らく知るべき者五件有り。曰く軽重、曰く時勢、曰く寛厚(かんこう)、 曰く鎮定(ちんてい)
  曰く寧耐(ねいたい)、 是なり。賢を挙げ、佞(ねい) を遠ざけ、農を勧め、税を薄うし、奢(しゃ) を禁じ、倹を尚び、
  老を養い、幼を慈む等の数件の如きは、人皆之れを知る。
                                                            言志後録79
     (大意)政治に携わる人が守るべきことが5つ。財政上の軽重、時の動き、ひろい心、平和、
    心静かな忍耐です。才能ある人を登用し、弁が立ち心の邪な者を遠ざけ、農業を興し、税を
    減らし、贅沢を禁じ、倹約に努め、年寄りを労り子どもを慈しむことなどは、誰でも知って
    はいますが大切なことです。
   (参考)西郷南洲遺訓 3 政の大体は文を興し武を振るい農を励ますの三つにあり。
      4 万民の上に位する者己を慎み、品行を正しくし、驕奢を戒め、節倹に努め………
      13 租税を薄くして民を裕にするは則ち国力を養成するなり。
4 順境は春の如し。出遊(しゅつゆう) して花を観る。逆境は冬の如し。堅く臥して雪を看る。春は固(も) と
  楽しむ可し。冬も亦悪しからず。
                                                          言志後録86
     (大意)全てがうまくいく恵まれた境遇は、外出して花を見る春のようなものです。意のまま
    にならない時は、閉じこもって雪を見る冬のようなものです。春はもちろん楽しむのがよい
    ですが、冬にもまたそれなりの楽しさがあります。
     (参考)六中観「忙中有閑 苦中有楽 死中有活 壺中有天 腹中有書」(安岡正篤)
    とかく名をなさしめるのは逆境の時、失敗するのは順境の時と言います。心しましょう。
5 人は皆身の安否を問うことを知れども、而も心の安否を問うことを知らず。宜しく自ら 問うべし。
  「能(よ) く闇室(あんしつ) を欺かざるか否か。能く衾影(きんえい) に愧(は) じざるか否か。能く
  安穏(あんのん) 快楽を得(う) るか否か」と。時時是(か) くの如くすれば心便(すなわ) ち放れず。                                   
                                                           言志後録98
    (大意)人は身体の健康を気にしますが、心の健康には無関心です。ですから「誰も見ていな
    くても良心を欺くことや、恥じるようなことはしていないか。心は穏やかで愉快であるか」
    を自問すること。そうすれば、心はけっして勝手気ままにはなりません。
   (参考)慎独「君子は必ずその独りを慎む」(大学) 四知「天知る 地知る 我知る 子知る」(小学)
    この頃「血圧計」は多くの人が備えていますが、「心の血圧計」というのが必要であるように思われます。
6 心に中和を得れば、則ち人情皆順(したが) い、心に中和を失えば、則ち人情皆乖(そむ) く。感応の機は
  我に在り。故に人我(にんが) 一体、情理通透(つうとう) して、以て政に従う可し。
                                                            言志後録103
     (大意)心が平静で偏らず調和が取れておれば、人の気持ちは自分の心に従います。そうでな
    ければ、人の気持ちは離れていきます。人が感じ応えてくれるか否かの因は自分にあります。
    人も自分も同じだと考え、人情や道理に通じる人こそ政治に関わるべきです。
     (参考)「天下の事過ぐれば則ち害あり」(言志録205) 「心に中和を存すれば、則ち体自ず)
    から安舒にして則ち敬なり」(言志後録22)  「中和を致して天地位し万物育す」(中庸)
    感情や道理のバランスを保つことは、言うは易しく行うは難しいですね。これらは別に政治
    家でなくとも、誰でも同じく心すべきことではないでしょうか。