圧診法による「消化器の疲れ」の診断と漢方
                             内科医  納  利 一  64歳
 医師により診断されている初期の膵障害は氷山の一角と言われているのが現状である。
初期の膵障害は胃透視や胃内視鏡で異常がみられないものはもちろん。腹部エコーや
CT, MRI などの画像診断や生化学検査でも異常所見が出ないことが多い。いわゆる
慢性胃炎として治療されたり、愁訴が多く、なかなか軽快しないため、心療内科やメンタ
ルクリニックに紹介されることもある。背部痛などにも悩まされるため、整形外科や鍼灸
病院、整骨院などに通っていることが多い。
 膵臓を中心に消化器が疲れた病態を筆者は「消化器の疲れ」と呼ぶことにしている。
この病態の診断に圧診法が有用であるので紹介したい。
圧診法について
 九州大学医学部第三内科初代教授の小野寺直助氏が圧痛点による診断法を体系化
して、昭和6年に「圧診法」と命名した。筆者の父、納 利隆は小野寺教授のもとで胆嚢
炎の胸骨縁圧診点(納点)を発見している。父は生涯にわたり、圧診法を日常の診察に
活用していた。筆者が師事した鹿児島大学医学部第二内科初代教授の佐藤八郎氏も
小野寺教授の門下生で、圧診法に造詣が深かった。筆者は昭和43年以来35年間に
わたり圧診法を追試し、多少の改良を加えながら日常の診察に活用してきている。
圧診法は東洋医学的な診断法にヒントを得て創始されたものであろう。漢方の腹診や
鍼灸の経路などを参考にして圧診法を更に有用なものに育てていきたいと思っている。
 圧診法は責任病巣の圧痛(局所圧痛)に加えて遠く離れた部位の圧痛(遠隔圧痛)
を重視する点に特徴がある。昭和52年、電子走査型超音波診断装置が実用化され
たと同時に、筆者は腹部超音波検査を始めて26年になる。局所圧痛を意識しながら
腹部超音波検査を行うことを超音波映像圧診法と名づけた。超音波所見と関連のあ
る事項を問診しながら検査することを超音波検査時追加問診と呼んでいる。東洋医
学の伝統的な診断法を補完する道具として超音波診断装置は有用である。
圧診法による「消化器の疲れ」の診断
 左右の第12助骨の先端の圧痛を比較すると左に強い。膵臓に向かって左腹壁を
強く圧迫すると痛む。これは高山の膵圧診法と呼ばれている。膵臓に向かって背中
を叩くと痛みを訴える。これが安部の腰背部叩打診である。左頭部、左あご、左肩、
左背部、左腰部、左臀部、左大腿から左足先まで帯状に圧痛がある。超音波映像
下には圧痛の最強点が膵臓に一致する。
 自覚症状としては体の左側に、凝りや痛みがあり、それらが食後に増強する。長
期にわたり悩んでいる患者さんが多い。中学生の学校健診でもこの圧診法を行って
いるが、1割程度に消化器が疲れている。頻度の高い病態である。次に患者さんた
ちからの訴えを列挙してみる。
膵臓からの悲鳴
 「おなかがすくとみぞおちのあたりがシクシク痛み、食べると左上腹部から左背部
にかけて張るような何とも言えない気持の悪い痛みが出てくるのです」「整形外科
でX写真などを撮ってもらっても異常なし。鍼や灸をしてもらっても、少しは良いよう
だがはかばかしくない。内臓からの痛みのようだからと、内科受診を勧められまし
た」「次第に食が細くなり、体がやせてきます。胃癌ではないでしょか」「胃の透視
をしてもらったのですが異常なし。念ために胃カメラで『こんなにきれいな胃が痛む
はずはありません』と言われました」「血液検査なども正常範囲内。神経性胃炎と
診断されましたが、どうもスッキリしません」「消化器内科に通ってもなかなか症状
が消えないため、診療内科に紹介されました。心身症として治療してもらっている
のですが、だんだん頭までおかしくなってしまいそうです」。
膵安静療法
 治療の基本は食事療法である。「よくかんで腹八分」。禁酒と低脂肪食。炭水化
物を口の中で消化してから飲み込む程度によくかむことを勧めている。まとめ食い
をやめて、小量ずつ3回以上に分食。
 薬物療法の基本は、消化酵素剤である。多めの消化酵素に重曹と酸化マグネ
シュム(カマグ)を配合している。この処方を「消化酵素加重曹カマ」と呼んで食
中または食直後に投与している。
 食前または食間に漢方薬を処方することも多い。西洋薬としては鎮痛剤やメシ
ル酸カモスタット錠などを食前に投与している。
 この食事療法と薬物療法の組み合わせを「膵安静療法」と呼んでいる。膵安
静療法で長年の愁訴が軽快していくとき、患者さんと喜びを共にする。
 
 以上紙幅の許す範囲で併用する漢方の漢方を紹介する。
延年半夏湯 (えんねんはんげとう)
 胃部不快感、心窩部痛、左季肋下部痛を訴え、左肩、左背部の凝りと痛みを
伴うものに用いる。特に体格などは問わない。症状は腹部、背部とも主として左
側に認めるのが特徴である。ほかに足冷を認め、便秘の傾向がある。腹部には
左腹直筋のより強い緊張を認める。
紫胡桂枝湯 (さいこけいしとう)
 体力中等度で、胸脇苦満を認め、腹直筋が緊張することが多い。膵炎などによ
る心下部緊張疼痛に有効である。
半夏瀉心湯 (はんげしゃしんとう)
 体力中等度で、心下痞鞕、悪心、嘔吐、腹鳴があり、軟便や下痢の傾向がある。
人参湯 (にんじんとう)
 体力が低下し、冷え症で腹壁の緊張が弱く、胃部振水音を認める。
六君子湯 (りっくんしとう)
 胃腸衰弱で食欲がなく、心窩部の膨満感などを訴える。
安中散 (あんちゅうさん)
 冷え症、やせ型の胃下垂タイプの腹痛、胸やけなどに用いる。
平胃散 (へいいさん)
 体力中等度の人で、胃がもたれて、消化不良の傾向がある。
小建中湯 (しょうけんちゅうとう)
 体質虚弱で疲労しやすく、腹痛などがある。
 寺澤捷年、花輪壽彦 編集、2004年2月10日 金原出版発行「漢方診療二頁の秘訣」の
74~75頁に掲載されたヲサメ内科クリニック院長 納利一の「診察のコツ、二頁の秘訣。」
からの転載。