提 言 |
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家族の健康を守る主婦に「主婦免許証」を |
内科医 納 利 一 (42才) |
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一消科器内科医として街角に腰を据えてから4年半になる。おかげさまで腹の調子がおか |
しくなった患者さん達が来てくれるようになった。一人一人の患者さんからいろいろな話を聞 |
きながら、教えられ、また考えさせられることがある。 |
たまには、手遅れの致命的な病気が診断され、気の毒な思いをすることもある。しかし多く |
は食生活を中心とした日常生活のリズムを狂わせたために発病したと思われる患者さん達 |
である。 |
消化性潰瘍や膵障害の患者さんに対して「夕食が遅くなったのではないですか」と問いか |
けると。「はい。長男が塾通いを始めましてから6時に食べた夕食が、子供が帰るのを待って |
10時になりました。そう言えば腹痛が始まったのはそれ以後しばらくしてからでした。」 |
「職場が変わったため、勤務が交代制になり、3日置きに夜勤です。食事も睡眠も毎日まちまち |
です。」「美容院に勤めるようになってから決まった時間にゆっくり食事をしたことはありませ |
ん。」「長距離トラックに乗っているため、腹を空かせて走れるだけ走ってから、一度にたらふ |
く食べていました。それが最近腹が空いても痛い。食べても調子が悪くて、やせてきます。」 |
「晩酌がうまいように、昼食を抜くことが多い。」などどいう答えが返ってきます。胆嚢胆石の人に |
は「やせたいと思って、朝食を食べないことにしたら、かえって太ってきました。」などと言う |
人がいる。「歯は大丈夫ですか。」と聞くと、「そう言われると歯が悪くなって、ものをよく噛 |
めなくなってからでした。腹が痛むようになったのは、まず腹が良くなってから歯を修理した |
いと思っていたのでしたが、歯が先だったのですね。」と言われた人もいた。 |
少し横道に入るが、アルコールの飲み方のちょっとしたコツを若い時から身に付けていたら |
一生楽しく飲めていたろうにと思える患者さんも多い。たとえば「眠り薬の代わりに大量の酒を |
毎晩飲んできた。腹痛が始まってからは、腹痛を忘れるために酒量が増えた。」といって |
いたアルコール性膵障害の患者さん。「もう酒を止めた方が良いと自分でも思いながら、付き |
合い上つい梯子酒になり、その後数日体調が元にもどらないようなことを繰り返している。数 |
年前まではいくら飲んでも翌日まで残ることはなかったのだが・・・」と言いながらGOT・G |
PTの動きを気にしているアルコール性膵障害の患者さん達が思い出される。 |
学校には「保健体育」の時間や「家庭科」の時間があり、テレビ、ラジオ、新聞、雑誌、各 |
種講演会などを通して健康や病気と関連のある情報が溢れている。しかし現実には「腹八分目 |
に病無し」という単純な知恵さえ身に付けていない人が病院に集まって来ている。「よくかん |
で腹八分目」とか「量は少な目に、種類と回数は多めに」などという昔からの食生活の知恵を |
実践できていたら発病しなかったであろうと思われる患者さんが、印象としては、8割を超え |
る。 |
何か国民1人1人の健康を維持増進させるための最低限の知識と生活習慣を保証する仕組み |
を早急に確立する必要があるように思われる。そうすれば、昨今マスコミを賑わしている国民 |
総医療費の問題なども自ずと解決されていくのではなかろうか。 |
子供の頃、祖母や父母から、また親戚や近所のおじさんやおばさん達から繰り返し繰り返し |
注意されてきたことが思い出される。核家族化が進み、世代を越えた生活の知恵の伝承が |
円滑を欠きがちな時代となってきている。したがって主婦が家族の健康を大きく左右するより |
大きな存在になってきていると言えるであろう。 |
自動車を安全に運転するために知識と技術を保証する「運転免許証」を取得するためには、 |
せっせと教習所に通い、試験に合格しなければならない。そして3年に1回数時間の補充教育 |
を受けることになっている。 |
主婦が家庭の健康を守っていくためには、それなりの知恵と知識と技術を身に付けておかな |
けらばならないのは当然であろう。「主婦免許証」とでも言えるものが必要なのではなかろう |
か。すべての主婦が立派な「主婦免許証」を取得できるような‘コース‘を作っていくべきで |
あろう。たとえば20才になった全女性に最低限の知識をチェックして、成人式の日に「ブライ |
ダルライセンス」とでも言えるものを与えるような仕組みも考えられる。何事も各論は難しい |
が実地医家の我々も知恵と力を出し合わせて、このようなことを推進していくべき立場にある |
ような気がする。 |
病気は火事にたとえられる。建築のとき耐火を考慮し、国民の1人1人が常日頃火の用心に |
心掛けていることが火災による国民の総損失の抑制に繋がっているのであろうことは説明するま |
でもない。まさかな時に備えた消防署の消火活動部門が十分な近代的装備と技術を持っていな |
がら日頃は暇であってかまわないように、病院も本来もっともっと日頃は暇であるべき施設 |
であると思う。 |
修理専門のラジオ屋が姿を消した。将来医師のやるべき主な仕事は、遺伝子疾患の予防 |
や親の悪い素質が子供に増幅されて遺伝するのを予防するための、遺伝相談になるであろうと |
予言しておられた大倉興司先生の講義を聞いたのは5年前のことであった。大谷藤郎氏はその |
著「21世紀健康の展望(メジカルフレンド社1980,)」で次のように述べている。[私たち保 |
健医療従事者も、単に病気のお世話をする、そのために技術を磨くというだけでなく、「人間 |
の幸福とは何か」「人間の幸福につながる健康とは何か」「人間の幸福につながる本当の健康 |
を守り育てるために何をなすべきか」を、戦後30年の経験と反省のうえにたって、今こそ問い |
なおし、新しい方向をさくり、進まなければならない。 |
不確実性の時代といわれる20世紀から21世紀を展望し、そのなかで確実性と思われる要因を |
できる限り積み重ねていって未来をさぐり、阻害的要因に対しては早くから計画を立てて国民 |
的コンセンサスを確立し、子孫のために平和で幸福な社会を築きあげてゆく。そのような長期 |
的な戦略をたてることは、それなりに可能なことであり、またしなけらばならないことであ |
る。もしそれがあまりに楽天的だと笑われようとも・・・。さあ、21世紀に向けてわれわれと子 |
孫の本当の健康と幸福を保証するための戦略を考えてみようではありませんか]と。 |
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鹿児島県医師会報 第374号 (1982年 昭和57年8月)より転載 |
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いえづくり甲突川 |
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